佐藤玄々『金銅救世観音像』 平櫛田中識箱

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作品詳細

商品名 佐藤玄々『金銅救世観音像』
商品説明

佐藤玄々(1888年 – 1963年)は、20世紀の近代日本を代表する彫刻家です。
かつては「佐藤朝山」の号でも広く知られ、画聖・横山大観に「天才」と言わしめたほどの圧倒的な技量を誇りました。
1922年に渡仏し、巨匠アントワーヌ・ブールデルのもとで西洋彫刻を習得。
日本の伝統的な木彫技術と、西洋近代彫刻の写実性を融合させた唯一無二の作風を確立しました。

本作は、法隆寺夢殿の秘仏である飛鳥時代の救世観音像を題材とし、佐藤玄々が約二十年の歳月をかけて原型を完成させた金銅仏です。
玄々は生涯にわたりこの造形を追求し、戦災や疎開などの変遷を経ながら、原型を磨き上げました。
両手で宝珠を包み込み、左右対称の天衣や緻密な光背を背負って佇む姿は、古代の古典彫刻が持つ厳格な美意識を精密に凝縮しています。
識箱には、玄々との深い親交があった、近代彫刻の巨匠・平櫛田中による銘と落款が残されています。

寸法 【本体】高 28.8cm × 幅 9.8cm × 奥 9.0cm
付属品 平櫛田中識箱
状態 仕上がりも良く、概ね良好です。
写真をよくご覧の上、ご検討ください。
僅かな経年感は中古品の特性としてご了承下さい
略歴

1888年 福島県相馬郡(現・相馬市)の宮彫師の家に生まれる
1906年 近代木彫の大家・山崎朝雲に師事
1913年 師の山崎朝雲から「朝山」の号を与えられ独立
1914年 再興された日本美術院の第1回展に参加
1922年 フランスへ留学
    ロダンの愛弟子である巨匠アントワーヌ・ブールデルに師事
1925年 帰国
1939年 師である山崎朝雲と決別し、「朝山」の号を返上
1945年 東京大空襲により、アトリエや多くの初期作品が焼失
1948年 作号を「佐藤玄々」「呵吽洞玄々」とする
1949年 京都の妙心寺塔頭・大心院にアトリエを構え移住
1950年 日本橋三越本店からの依頼を受け、『天女像』の制作を開始
1960年 『天女像』完成
1963年 東京で逝去(享年75歳)

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